大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和42年(う)1739号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕控訴趣意中、法令適用の誤の主張について

(一)所論は先ず、外国人登録法(以下法という)三条は、同法一八条一項の罰則により、一四才以上であるかぎり、成年に達しない者に対しても、外国人の登録申請を強制しているが、右規定を、国籍法一一条、戸籍法三一条、住民登録法一九条に比較すると、理由もなく外国人を日本国民よりも酷に扱うものであつて、憲法一四条のほか、確立された国際法規である世界人権宣言七条の趣旨に違反し、ひいては憲法九八条三項に違反するものであるから、その効力を有しない。したがつて、被告人が満一四才に達した昭和二六年二月一三日から成年に達した同三二年二月一三日までの間は、被告人に外国人登録申請の義務がないのにかかわらず、原判決が右期間をも含めて、被告人に登録申請の義務があるとして、原判示のように罪となるべき事実を認定したのは法令の適用を誤つたものであると主張する。

よつて案ずるに、一九四八年一二月一〇日、国際連合第三回総会において採択された世界人権宣言の七条には「すべて人は法の前において平等であり、またいかなる差別もなしに法の平等な保護を受ける権利を有する。……」と定めているけれども、世界人権宣言は、条約でも国際協定でもなく、法的拘束力を有しないものであるから、憲法九八条二項にいう確立された国際法規にはあたらないものと解すべきである。また憲法一四条一項は「すべて国民は、法の下に平等であつて、……」と規定し、直接には日本国民を対象とするものである。しかし、わが国が国際連合に加入していること、および、法の下における平等の原則は近代民主主義諸国の憲法における基本原理の一としてひろく承認されているところにかんがみると、前記世界人権宣言の七条の趣旨に照らし、憲法一四条の趣旨は特段の事情の認められないかぎり、外国人に対しても類推さるべきものと解するのが相当である(昭和三九年一一月一八日最高裁判所大法廷判決、刑集一八巻九号五七九頁参照)。しかしながら、外国人登録法は、本邦に在留する外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もつて在留外国人の公正な管理に資することを目的とする法律であつて、人種や社会的身分の如何を問わず、わが国に在留する外国人のすべてに対し、管理上必要な手続を定めたものであり、そして、このような規制は、諸外国においても行われていることであつて、何ら人種や社会的身分により差別待遇をする趣旨に出たものではない。そして、同法が、外国人に対して登録申請義務を課するのも、同法の右目的を達成する必要からであつて、その義務を定めるにあたり、登録申請義務者、強制方法等を如何なるものとするかは、もつぱら立法機関に委ねられた立法政策の問題であつて、憲法適否の問題ではないから(昭和三四年七月二四日最高裁判所第二小法廷、刑集一三巻八号一二一二頁参照)、たとえ、所論のごとく、法三条一項、一五条、一八条一項一号と国籍法一一条、戸籍法三一条、三二条及び住民登録法一九条とが、その登録、申請ないし届出の義務者について、それぞれその定め方を異にし、外国人登録法の規定が、他のそれに比し、未成年者について、やや酷であるとしても、それは各法の目的を達成するうえにおける必要性を異にするによるものであつて、それだけの理由で在留外国人を日本国民と理由なく差別するものとはいえず、法三条一項、一五条、一八条一項一号は憲法一四条に違反しない。してみれば、法三条一項、一八条一項一号を適用し、被告人が未成年者であつた期間をも含めて、原判示のように事実を認定しこれを有罪とした原判決に所論のような法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

(二)所論は次に、被告人が昭和二五年二月下旬に本邦に入国したときには、未だ刑事未成年者であつたのであるから、登録申請義務違反の刑責もなく、その後、被告人が一四才に達したときには法三条の予定する出入国管理令第三章の上陸の手続をなすべきいずれの場合にも該当しないので、結局被告人は法三条の登録申請義務違反の対象とならないものである。このように解することが憲法三八条の趣旨にそうものであると主張する。

しかしながら、外国人は不法に本邦に入つた者といえども、法三条一項(昭和二七年四月二七日までは外国人登録令(昭和二二年勅令二〇七号、以下令という)四条一項)所定の登録申請をなすべき義務があり、不法入国の外国人に対して右義務を課したからといつて、自己の不法入国の罪を供述するのと同一の結果をきたすものということのできないことは、すでに最高裁判所の判例とするところである(昭和三一年一二月二六日大法廷判決、刑集一〇巻一二号一七六九頁、昭和三三年二月一一日第三小法廷判決、刑集一二巻二号一八七頁)。したがつて、不法入国の外国人に対し法三条一項(令四条一項)の登録申請義務を課しても、憲法三八条一項に違反するものではない。そして、わが国に不法に入国した外国人が、たとえ入国当時一四才未満であつても、法三条一項(令四条一項)にいう外国人が「本邦に入つたとき」にあたり、登録申請義務を負うべきことに変りはなく、ただ、当該外国人が一四才に達するまでの間は、法一五条二項(令一一条二項、令施行規則(昭和二二年内務省令二八号)一一条一項)により、同条項(令施行規則一一条二項)所定の者が当該外国人に代つて登録申請をなければならないこととされ、また刑法四一条により、法一八条一項一号(令一三条一号)の適用を免れるにすぎないのである。したがつて、当該外国人が本邦に入国したのち、一四才に達したときは、それまでと同じく、法三条一項(令四条一項)にいわゆる本邦に入つた外国人として引き続き登録申請義務を負い、これに違反したときは、当然、前記各罰則の適用を受けるに至るものと解すべきことはいうまでもない。このような外国人は法三条一項(令四条一項)所定のいずれの場合にもあたらず、したがつて、登録申請義務を負わないとする所論は、独自の見解であつて採るをえない。この点の論旨も理由がない。

控訴趣意中、事実誤認の主張について

所論は、被告人は、韓国において天涯孤独の貧窮生活を営み、庇護者である李亨輔から厄介者払い的に密航ブローカーの手に引渡され、わが国に入国させられたものである。そして、外国人の登録申請をすることことによつて、強制送還されるおそれが大であつたが、当時一四才に満たない被告人としては、韓国へ強制送還されることは飢えと窮乏を強要されることとなるので、被告人は登録申請をしなかつたものである。かかる被告人に右申請義務の履行を期待することは不可能であるから、被告人の原判示行為はいわゆる期待可能性がなく、罪とならないものであると主張する。

よつて案ずるに、李尚浩及び被告人の司法巡査に対する各供述調書並びに被告人の原審における供述によれば、被告人は、韓国において、昭和一二年二月一三日に生れ、両親及び兄李尚浩、李尚旭とともに生活していたところ、兄尚浩は昭和二〇年に同尚旭は同二一年にそれぞれ渡日し、父は同二三年に、母は同二四年にそれぞれ他界したため、天涯孤独の身となり、父の従弟にあたる李亨輔に引き取られて同人の世話を受けていたが、同人は極貧であつたため、被告人を養育することができず、同二五年二月下旬、被告人を密航ブローカーに託して、日本に居住する兄尚浩のもとに送り届けたこと、被告人はその後は兄尚浩のもとに同居し、同人の事業の手伝い等をしていたが、同三六年、別に居を構え、同四一年頃から独立してゴム加工業を営み、現在は従業員を約一五名使用するに至つていることが認められる。しかして、右認定の事実によれば、被告人は日本においては、兄二人がいて、生活も一応安定しているのに反し、韓国には父の従弟李亨輔がいるに過ぎず、しかも、同人は極貧であるから、一四才そこそこの被告人がもし韓国に強制送還されたならば、再び天涯孤独に近い身となり、窮乏生活を営まねばならないことになつたものと思料される。しかしながら、仮りに所論のごとく、被告人が外国人の登録申請をしたならば、密入国の事実が発覚して、強制送還されるおそれがあつたとしても、右の程度の事情をもつてしては、いまだ被告人に対して外国人の登録申請をすることを期待できないものということはできないし、事情の如何によつては、出入国管理令五〇条一項三号の法務大臣による特別在留許可をえられないこともないのであるから、被告人の原判示行為が期待可能性を欠くものとすることはできない。この点の論旨も理由がない。(奥戸新三 佐古田英郎 梨岡輝彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!